花浅葱の思いつくまま 気の向くまま…
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知多の新四国遍路第8回目
とうとうまたこの日がやってきてしまった。 本四国でもそうだったが、なんともいえない うれしいような、寂しいような気持ち。 そう、今日はこの知多新四国満願の日。 残りの距離は12K程度と短いので 朝はゆっくり出発した。 名鉄、新日鉄前の駅から、まずは前回打ち終わっている 86番観音寺の方へ向かい、 通り過ぎるような形で85番清水寺へ歩いていく。 清水寺は細い通りに面した、こじんまりとしたお寺。 そこからまた1.5Kほど離れた84番玄猷寺へ。 玄猷寺では朱印を頂く際、 本堂が完成しご本尊様ももうそちらにみえるので、 よろしければ上にあがってお参りしてください、という お話があった。 せっかくなので、靴を脱いで上にあがり まだ、内装工事中の本堂でお参りをさせていただいた。 次の5番地蔵寺へは3.5K。 88番に近いので、後回しになっていたところだ。 民家から少しはなれ、畑に囲まれた道を歩いていく。 ![]() 地蔵寺へ到着。 お参りを済ませ朱印を頂きに納経所へ行くと、 「歩いてきたの?」とお声がけいただいた。 朱で真っ赤に染まった手が、印象的だった。 ![]() ここから88番円通寺までは2.4K。 まだまだ里山の風景が見られるところ。 ![]() 円通寺は少し奥に入ったところにある静かなお寺。 お参りをしようと大師堂へ向かうと、 「撮影禁止」と大きく書かれた張り紙が目立つ。 以前は格子戸がはまり、大師堂の中が直接見えないように なっていたようなのだが、すでに格子戸はなく お堂の中が広々と見渡せる。 その為おそらくご本尊だと思われる「馬頭観世音菩薩」さまが 丸見えとなり(現在はこちらのお堂にみえるので) 写真を撮る人がいるのだろう。 確かに魅力的な菩薩様であった。 ![]() その菩薩様の前にはこじんまりとした石仏が 二体並んでいるのだが、その二体の隙間に なにかふわふわとしたものが詰まっている。 なんだろうと思い顔を近づけてみると、なんと それは猫だった。 決して広いとはいえないその隙間にはまり込み 堂々と眠りをむさぼっている。 鼻先から5cmぐらいのところでじ〜〜〜っと見ても 全くお構いなしで、薄目を開けようともしない。 私はその猫にすっかり気を取られ、 「え〜〜〜 なにこれ」などと独り言をいいながら 思わず、賽銭箱に納め札を入れてしまった。 ハッ と我にかえり賽銭箱を見ると、 私の納め札はお金が落ちるスリットのところに引っかかり 何とか下に落ちるのを間逃れている。 格子の隙間から必死に手をつっこみ 何とか納め札を引っ張り出すことに成功。 改めて、納め札入れに入れようとすると そこには全く気配を消し去ったお寺の人がいた… 私はこの一連のドタバタを全部知られているのだと思うと ものすごく恥ずかしくなったが、それよりも何よりも その猫を写真に収めることができないのが悔やまれた。 「撮影禁止」の紙、ぼそぼそ言い続けた独り言、 賽銭箱に手を入れていた事実。 これだけそろえば「猫の写真を撮ってもいいですか?」 などと切り出す勇気は、さすがに持ち合わせていなかった。 お参りを済ませ、そそくさと納経所へ急ぐ。 「もう終わりなので寂しいです」と言うと 「何回でも、ぐるぐる回ればいいんだよ」とのお言葉。 そうなんだけど… ちょっとそういうわけにもいかないな。 このペースで回っていたら、ほとんど仕事ができないし。 別の日に八事の興正寺まで歩いていきます、とお話して お寺を後にした。 本堂と大師堂を結ぶ渡り廊下が、とても印象的だった。 ![]() そして、とうとう最後の87番長寿寺へ。 大きな道路が多くなり、また街へと戻ってきた実感がある。 JRの線路をくぐると、目の前に長寿寺があった。 さすがに、この知多新四国では感極まることもなく、 淡々とお参りを済ませ、朱印を頂いた。 これまであまり触れてこなかったが、 私はこの知多新四国8日間の中でも、 数々のお接待を頂いた。 それは、車やツアーで回っている方の お声掛けまで含めれば、本当に数多きものである。 今回、納経をしたことにより、 お寺の方とお話しする機会を得、 またそれとは別に、いろいろと感じること、 考えさせられること、びっくりするようなことも数々あった。 それもこれも、やはりこの旅に出なければ めぐり合えないものばかりだと思う。 そうそう、この度の遍路で利用させていただいた 「愛知札所巡り」のサイトで、浄土寺に行くための、 地図にはない古い道があると教えていただいた。 そんなお話を聞くと、私の好奇心がまたムクムクと動き出し またいつかこの遍路道へと私をいざなうのかもしれない。 そういう時間が訪れることを楽しみに待っているとしよう。 知多新四国満願 皆様ありがとうございました! |
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知多の新四国第5回目
家を出てから2時間以上経っている。 名鉄で内海の駅まで行き、知多バスに乗って中須で降りる。 もうそこは40番影向寺へ入る路地の入り口だ。 幼い時、このすぐ近くへ家族で釣りをしに来ていた。 その頃は海沿いに小女子が天日干しされ、 よくつまみ食いしていたものだ。 もちろん、目を盗んでではなく堂々と、である。 干してある小女子の中には小さな蛸やカニ、 よくわからない白い物体(今でもなんだったかわからない)が 混ざっており、特にその白い物体が私の好物だった。 天日干しの作業をしている漁師の奥さんなどは、 暗黙の了解なのか全くそんなことを気にするふうもなく、 暖かい日差しの中、ゆるやかな空気が流れていた。 今より物もお金もない時代だったが、 人の心はずっと豊かだったように思う。 子供の頃の大切な楽しい思い出の一つである。 ![]() 影向寺を出たら一旦山のほうへ入る。 山と言っても、知多の場合はたいした山ではないので どちらかというと丘に近いかもしれない。 ただ、今日はいつもと様子が違う。 歩いていると、四国の道を思い出す。 ![]() 季節柄、道には花があふれている。 つつじがあまりにも鮮やかで、目が痛いほどだ。 ![]() 4月だというのに、まるで夏のよう。 少し歩いただけで、汗ばんでしまう。 ![]() 上にあがっていくと、畑になっている場合が多い。 なんと、キャベツの花も満開だ。 ![]() 43番岩屋寺へ到着。 四国のように、岩肌を削って建てられてはいない。 ただ、聞いた話によると、こちらには貴重な 観音経が納められているそうだ。 また、弘法大師が御留錫、護摩修法された場所でもあるという。 さて、続いて番外岩屋寺奥の院へ向かう。 独特の雰囲気を漂わせる寺だ。 ここには岩を削った場所があった。 四国同様、こちらも奥の院から始まっているのかもしれない。 ![]() ここからひとまず、海のほうへ出る。 42番天龍寺を打ち、41番西方寺へ。 ![]() 先日、バス停でお話した知多10回、四国3回満願の老人は 40番から41、42、43と行ったほうがいいと勧めてくれたが、 私の利用している地図はやはり無駄がないように思う。 歩きの場合、打ち戻る距離が短いにこしたことはないし どのように回ってもいいのだから順番に固執する必要もない。 利用させていただいている地図はこちらから。 愛知札所巡り これほどのサイトを作ってくださるとは、 感謝感謝でございます。 ほんの少し打ち戻り44番大宝寺への道を行く。 ここも車で行くように勧められたが、 知多に雲辺、横峰ほどのお寺があるとも思えない。 ![]() 確かに、少し山のほうへ入っていく感じはする。 新緑の瑞々しさが気持ちいい。 ![]() 今日は四国の道に似ている場所が多い。 お大師様も知多をご覧になったとき、 あまりにも四国に似ていることに驚かれたそうだが、 それは現代においても共通することなのかもしれない。 ![]() 大宝寺を打ち、47番持宝院へ向かおうと思うが、 地図の道は大宝寺に入ったのと反対に抜けるようになっている。 道がよくわからないので、入り口の売店で尋ねてみた。 すると別の道を教えてくれる。 地図どおりに行きたいので、改めてその道を尋ねると、 「その道は山に入ってしまう。地図が悪い。」といって 教えてくれないのだ。 なぜ、どの人も山の道を教えることをためらうのだろう。 私の身を案じてくれているということもあるだろうから そういう意味では大変ありがたいのではあるが、 今まで歩いた分ではそのような危険性もほとんど感じないし、 何よりも、かなりショートカットできるという意味で貴重なのだ。 結局お寺の入り口にあるその店で尋ねたため、 境内に戻ることもできず、仕方がないので教えられた道を 歩くしかなくなってしまった。 その道は私の手持ちの地図にはついていないが、 ものすごく遠回りになるのが容易に想像できる。 困ったな、と思いながらしぶしぶ歩いていると、 背後から車がやってきて、私の隣で止まった。 中を覗き込むと、先ほど道を尋ねた売店にいたおばさんだ。 「そっちのほうへ行くから、のせてってあげようか?」 なんということだろう。 四国と違って、知多にはお接待の文化が根付いていない (と思う)。 なのに、私はここでもその心根に接する機会を得た。 「知多は歩こう」と思っていた私だが、教えてもらった道が よくわからないことでもあるし、そのご好意に甘えることにした。 47番の持宝院は「山寺」と呼ばれている。 おばさんが言うには「階段が88段もある」ということだ。 何度もそのことを言われるので、一応私も期待に応えるべく 「それは大変ですね〜 がんばります。」と言ってみた。 確かに知多のお寺の中では一番階段の段数は多いかもしれない。 ただ、四国のどのお寺かは忘れてしまったが、300段以上ある 階段のことを思えば、なんでもないことだと感じてしまう。 ![]() 実際に数えてみると80段だった。 上にあがって見下ろすと、入り口の池がとても美しく見える。 お参りを済ませ、内海駅の脇を通って、46番如意輪寺へ。 路地を入ると、この辺りにもまだ古い町並みが残っている。 ![]() そして、また海へと向かい45番泉蔵院を打つ。 ![]() ここからしばらくは、海岸沿いの道を歩いていく。 海、もしくは堤防ばかりの景色が続く。 ![]() 道端には誰が植えたのでもない花が咲き乱れ、心を和ます。 写真では真っ白にしか見えないが、薄い紫色を宿している。 ![]() 歩いていると、ヨットが丘にあげられている。 見るとヨットには「ERIKA」と書かれているではないか。 「え? あのERIKA号?」 ERIKA号といえばあの長江氏のヨットと同じ名前。 世界一周の旅に出たのは常滑港からなので、 現在のERIKA号がここにあっても不思議ではない。 が、あくまでも憶測である。 ![]() 海岸から少し入り、48番良参寺を打つ。 ここである男性から声を掛けられる。 そのかたが仰るには、 「40番からずっと一緒だった」とのこと。 話を聞いて私のほうがびっくりしてしまった。 なぜなら、彼は車で回っていたからだ。 ![]() 確かに、朝から一度も休憩することなく歩いてきた。 それにしても、お寺間の距離が近いところならまだしも ここまで一緒とは。 その方は本四国もお参りされており、 やはり他の方に比べてお参りが大変丁寧である。 それゆえ、私と同じペースになっているのだろう。 炎天下でハイペース歩行の私を案じてくださり、 バテたらいつでも車にどうぞ、といわれるが やんわりとご辞退させて頂いた。 49番へは山を突っ切ってのショートカットコースだ。 おおお〜〜〜ここはまさに四国の遍路道さながら! ![]() なんだかちょっとうれしい。 知多にこんな道があるとは思っていなかった。 ![]() 49番吉祥寺では、また先ほどの男性に会った。 車だとそんなに大回りなのかな。 本四国のお話をしばらくして、ここでお別れとなった。 56番瑞境寺をお参りをしていると、ジャンボタクシーが到着。 先導している男性が大師堂で私に話しかけてきた。 「歩いて回っているんですか?」 「はい」 「本四国も歩いて回られたんですか?」 「(は?なんでわかるの?)ところどころ電車やバスに 乗りましたが、できるところは歩きで回りました。」 「(びっくりしている私の顔を見て)そうですか。 本四国を歩いたのは、杖を見ればわかります。 それで、弘法さんには会えましたか?」 「(満面の笑みで)会えました!」 その人は、私の反応にちょっと驚いているように見えたが、 「歩きだとそういうことも多いだろうね」と言っていた。 お話を伺うと、なんと毎月本四国へ行っているのだという。 いつ行っていたかの問いに私が答えると、 「本四国でも、どこかで会っていたかもしれないですね。」 もしそうだったとしても、本四国ではご縁がなかったのだ。 そして、新四国ではご縁を頂いたということである。 なぜなら四国・知多どちらにしても、お寺で一緒になりながら お話をしない人がほとんどなのだから。 「きっとご利益がありますよ。」という言葉にお礼を言い、 先にお参りを済ませた私は52番蜜蔵院へ向かった。 ![]() ここは50番から56番までが点在している。 54番は離れた場所にあり打ち終わっているし、 55番もここにはないが、その他のお寺はおおよそ200m間隔だ。 52番蜜蔵院、53番安養院を打つ。 いたるところで出会う花々が本当にきれいだ。 ![]() 50番大御堂寺のお参りを済ませたとき、 先ほどの、毎月お四国をする男性がやってきた。 私の顔を見るなり、お札を頂戴という。 もちろん、納め札のことである。 私の札なぞ、ありがたみもなにもないものなのだが ご所望ならと手渡すと、お返しに錦札を下さった。 それはそうでしょう、なにしろ毎月お四国をしているのだ。 私以上のお四国病に間違いない。 しかしこれは、知多では驚くべき出来事である。 新四国で錦札には早々お目にかかれるものではない。 お参り5日目にして、こんなに簡単に頂いてしまっていいのか。 しかも、錦札にまったく固執していない私なんかに。 なんにせよ、弘法様のお引き合わせ。 ありがたく頂戴し、またご縁がありますようにといって お別れをした。 ![]() 50番大御堂寺と51番野間大坊は隣あわせ。 野間大坊で2ヶ寺分の朱印をする。 次は55番法山寺だ。 今日はできれば57番の報恩寺まで打ちたいと思っていたが、 あと30分ほどで18時。法山寺で終わりだろう。 打ち終わると5分前。 今日は存分に時間を使うことができた。 ここからは名鉄の野間駅が近いのだが、次のことを考えると 報恩寺近くの知多奥田駅まで歩いたほうがいい。 そちらへ向かう近道を歩き出すと、前方には なんとも薄暗い山道がぽっかりと口を開けている。 というか、最初は口を開けていることにすら 気が付かないほどだったのだ。 さすがの私もちょっとおののいたが、 ここで怯んでなんになる、と、思い切って飛び込んでみた。 駅までの道のり、私は今日一日を振り返る。 いい景色、人との出会い、自分を試される出来事… 歩く機会を与えられなかったら めぐり合えないものばかりだった。 自分で掴み取ることも大切だが、 与えられたものをどう生かすか。 その前に、どれほど多くのものが自分に与えられているのか 感じ取る能力を、もっと磨かねばならないと思う。 ![]() 水を張られ、稲が植えられるばかりになった田んぼの景色が 夕暮れの光の中、とても美しく私の目には映っていた。 |
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明日は甥っ子の入学式。
その為、昨日からケーキを作り始めている。 生地を寝かせたりする必要があるので 3日前から準備に取り掛からなければならない。 今日は当日の朝に作る「チョコレートババロア」の 材料となる豆腐とその他もろもろを買出しに、 少し離れたスーパーまで出かける。 そのスーパーは特にお魚の品そろえが充実しているので、 母に声を掛け一緒に行こうと誘う。 まだ11時前だが、どうせ車で出かけるのだったら ついでに少し離れたうどん屋まで足を伸ばすことにした。 その店は、讃岐うどんを捜し求めている私のために 母が何かの記事で見かけた折、 わざわざその記事を切り抜いておいてくれたところ。 一つ用事を済ませ、そのうどん屋さんへ向かう。 店に着いたのは12時少し前。 すでに、駐車場に入る車がずらっと車道に並んでいた。 あまりの混雑ぶりにびっくりしながらよくよく見ると、 駐車場だけでなく、店の入り口も人であふれている。 チェーン店なのであんまり期待できないかな、と 思って来てみたのだが、これだけの人が来ているのだ。 待つ甲斐があるのかもしれない。 こういう状況で待つのは大嫌いな私だが、 わざわざここまで来て食べずに帰るのも悔しい。 幸い、回転が速いようなのでこのまま並ぶことにした。 嫌になるほどには待つことなく、車を停めることができた。 店頭の列最後尾に並び、そこに置かれている メニューをチェック。 ぶっかけ、かけ、釜揚げ、ざるなど、並は280円。 これぞ、讃岐並みの値段。 長い列がじりじりと前に進む。 ようやく、うどんを注文する場所にたどり着いた。 私はぶっかけの大を注文。 なぜ「大」なのかと言うと… これは私の勝手な判断基準なのだが、 讃岐では、大(玉2つ)をペロッと食べることができた。 ずっと同じ味で、飽きることなくおいしく食べることができる。 これはなかなかすごいことだと思うのだ。 「ぶっかけ大ね〜」という掛け声とともに うどんが出された。 仕上げにきざみ海苔がのっている。 お勘定をし、自分でねぎや天かすを入れて、さぁ一口! 「あっ、おいしい…」 期待していなかっただけに、ちょっと感動。 「大」を飽きずにペロッと食べ終えた。 名古屋でこれだけ食べることができれば文句はない。 丸亀製麺 松葉公園店 ちょっぴり幸せな気分に浸りながら店から出ると、 松葉公園の片隅で、少し変わった枝垂桜が ひっそりと、それでもめいっぱいに咲き誇っていた。 ![]() 携帯でもこれだけ撮れてしまうのだから なんとも恐ろしい。 |
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名古屋に帰ってきてから、1ヶ月近く経った。 疲れや足の痛みはどうせ半月ぐらいで 治るだろうと思っていたのだが、 東京へ行ったときに北海道のYさんから、 「半年ぐらいは足がおかしいと思ったほうがいい」 と、いわれてびっくりした。 なんでも 「足だけはまだ歩き続けている」んだそうだ。 そしてひと月、 足はまだ腫れ |


















































































